彼のいない野球にも慣れてきただろうか。平成元年生まれの僕にとって、平成3年にプロ入りをした彼は、TVに映るのが当たり前の存在だった。京セラドーム大阪で行われた日米野球で彼を観たとき、野球を全くわかっていない僕なのに、彼のスピード感には驚いたことを今でも覚えている。ちょうどマグワイアとソーサがHR王争いをした年だった。
昔を振り返る映像で彼の初々しい若者姿を観て驚くことがある。僕がリアルタイムで見ていた日本での彼は、気難しい孤高の男になっていた。TV受けする言葉は使わない。インタビュアーをどこか見下している。当時、個人として高みを目指していたのは間違いないと思う。それはMLBで圧倒的な成績を残していたころも変わらないだろう。
最晩年、そんな彼が「周りのため」に野球をしていた。それを隠そうともしていなかった(イチローは結構照れ屋だと思っているのだが)。彼が野球界でまだプレーを続けるために。人生は奥深いなあ。
いたずらっぽい野球少年。孤高で近寄りがたい。好々爺。現役生活を通してこれほど印象が変わった選手は過去にいないのではないか。最晩年は純粋に戦力だけで見られない悲しさゆえのキャラクターだったのかもしれない。最後の会見でも言っていたが、それを貫けたことこそが、彼最大の成功なのだ。
会見を聞いていて、僕自身の過去にした失敗を思い出した。もうダメだとわかってからの自分の対応に思いを馳せた。無様な姿を見せることはそんなに恥ずかしいことではないと、彼を見て身に沁みて思った。希望が少ない状況でどれだけベストを尽くせるか。彼はそれを体現していたのだ。

でもそれはきっと、鈴木一朗という人間が野球というスポーツへ限界以上に挑戦した過程に、彼という人間が築かれた歴史を追体験できたのだ。
みんな彼に色々なものを重ね合わせていた。孤高のヒーローだった彼が、苦しみ、もがいた姿を見せてくれたから。美しいうちに消えてしまうだけが美学ではない。通算記録が汚れる?くそくらえだ。WBCで見せた熱いイチロー。マーリンズ時代の頃から目立つようになった白髪のイチロー。平成という時代は、まさに彼の時代だった。個人で勝負すべし、でもどこかで周りの温かみに気づくときが来る。彼は野球の面白みとともに、我々に哲学を伝えてくれたのかもしれない。

彼は、そんなメッセージをその懸命な野球人生をとおして見せてくれたのだ。平成が終わった今、バトンは渡された。野球界では大谷かな?この喪失感を埋めてくれるスーパースターは着実に出てきている。僕たちも自分の仕事で4000本以上のヒットを打てるように頑張らなければ。